昨日「捏造された昭和史」を読み終えました。正直に言って涙が止らないところがありました。
(中略)
P204に記述がありますが、以下引用します。
「台湾には戦後もずっと一日も休むことなく「君が代」が歌われているところがある。それは台南の飛虎将軍廟である。この廟に祀られているのは、太平商戦争の末期、昭和十九年十月十二日、台南近郊の上空で米軍機に体当たり攻撃をして果てた零戦パイロットの杉浦茂峰ら三名の海軍航空隊兵士である。空中戦を観戦していた農民たちは、畑に墜落した彼らの遺体を収容し、護国の神として廟を建てたのである。「君が代」と、そして「海ゆかば」が祝詞となった。」
その他にも日本人警官が神様となって祀られている廟が、苗栗県獅頭勧化堂と嘉義県東石富安宮である。
P205以下引用、
「朝鮮では日本人の警官といえば悪の権化のように思われていたが、台湾では違う。今でも高砂族の人々のあいだでは、警察といえば守り神のように慕われ、親しまれている。当時の台湾の警官といえばエリート中のエリートで、警官になるのは現在の東大に合格するよりも難しかった。」
それだけに警官になるには人格にも優れた人が多く公正なジャッジをしてくれる。今でも台湾人は当時はものすごく治安がよかったと言う人が多い。
広枝警部は、昭和十八年に海軍巡査隊長に任命され、2000人の台湾人志願兵や軍属を連れ、マニラに渡り、巡査隊の訓練と治安維持の任務に当たっていた。ところが昭和二十年二月に軍司令部より、アメリカ軍上陸の知らせを受け、手りゅう弾が配られた。そして玉砕するよう命令された。
しかし広枝警部は密かに米軍と交渉し、2000人の台湾人の命を保障してくれるよう約束を取り付けた。
そして2000人の隊員に捕虜になってもいいから生きて台湾に帰ってくれと話したそうです。
一同言葉もなくすすり泣いたといいます。
そして広枝警部は自ら責任を取るべく、拳銃で自決したそうです。
他にも台湾の地で、命を懸け、そして台湾の近代化の礎を築いた日本人はいました。しかしその多くが歴史に埋もれ、過去を否定する自虐的歴史観によって葬り去られようとしています。
もちろん中国大陸にしたって、朝鮮半島にしたって、こうした日本人が当時命を懸けて近代化の礎を築きました。
それが見事に反日の声によって、また朝日新聞や民主党の訳の分からない売国行為によって、日の目を見ない状態です。
わたしはこうした状況は非常に悲しいことだと思っています。もちろん私自体もまだまだ勉強不足で、日本の近代史について、自分の歴史観が定まってないのは確かです。
でもこれだけは言えます。過去に個人の慾ではなく、国家をより良くするため、そして台湾や朝鮮の為を思って働いて、そして命を捧げた日本人がいるのです。その人たちに心からありがとうと言わなくてはならないこと。そしてその行為を語り継いでいかなくてはならないということ。
もっと日本人はこうした歴史の影に隠れた偉人を知り、そして今の日本にもっと自信を持つことが必要です。我々の日本は本当に悪い国ですか?ひどい国ですか?
| — | 北京工作報告:日本人の足跡と功績 (via jackrose) |
